Pages

Saturday, July 25, 2020

なぜJALは飛行機に乗らない旅を販売するのか 特集・リモートトリップに挑むJAL - Aviation Wire

 「海士町には一度も行っていないんです。Zoom会議で企画を進めました」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、今年の夏休みは旅に出掛けにくいという状況の中、日本航空(JAL/JL、9201)は現地に行かない旅として、デジタルコンテンツとリアルな旅行体験を融合した「リモートトリップ」を商品化し、第1弾を7月に島根県隠岐郡海士町(あまちょう)を目的地として実施した。

天王洲のJALイノベーションラボからリモートトリップに参加するパイロット。グリーンの背景はZoom上では機体の写真が映し出されている=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 今回は「JAL羽田-隠岐デジタルフライトで行く、隠岐 海士町の潮風リモートトリップ」と名付け、普段は直行便が飛んでいない羽田-隠岐間のフライトを仮想体験できる「デジタルフライト」と、現地で海士町特産のサザエやヒオウギガイ(檜扇貝)の「カンカン焼き」などを自宅で楽しむ体験型旅行を組み合わせた。約2時間の旅で、料金はサザエなどの個数に応じて5500円と7500円、9000円(税別)と3コースを設けた。

 ちなみにJAL便で羽田から伊丹経由で隠岐へ向かう場合、割引運賃の「乗継割引28」で大人1人片道2万5810円。実際に行くとなれば羽田までの交通費、往復の航空運賃、隠岐から海士町へのフェリー、宿代などが最低限かかることになる。今回の料金は、カンカン焼きや現地観光のかかる代金+αといったところか。

 今回は参加者だけではなく、リモートトリップを企画したJALデジタルイノベーション推進部の下川朋美アシスタントマネジャーも、新型コロナの影響で冒頭の言葉のように現地を一度も訪れることなくプロジェクトを進めることになった。

 なぜ飛行機に乗らない旅を、航空会社であるJALが進めるのだろうか。

—記事の概要—
打ち合わせもすべてリモート
自治体に代わり基盤整備
パイロット発案で離陸映像追加
完璧さよりもタイムリー重視

打ち合わせもすべてリモート

 今回の参加者には、カンカン焼きの材料やコンロで調理する際の缶、JALが機内サービスで提供しているオリジナルジュース「スカイタイム」の紙パック、客室乗務員の手作りマップなどが「体験用ボックス」として事前に届けられた。自宅などから旅を体験する参加者には、現地の映像や音はビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で伝える。

天王洲のJALイノベーションラボからリモートトリップに参加する客室乗務員=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

リモートトリップを企画したJALの下川さん=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 一方、下川さんや企画に携わるパイロット、客室乗務員らは東京・天王洲の新技術研究拠点「JALイノベーションラボ(JAL Innovation Lab)」で、背景合成用グリーンスクリーンや、客室を模したコーナーから参加した。

 海士町はすでにリモートトリップに取り組んでいたことから、下川さんがいくつかの自治体と話をした中で、第1弾に選んだ。2018年のJALイノベーションラボ立ち上げ当初から関わっている下川さんは、これまでにもハワイ旅行を都内で疑似体験するイベントなどを手掛けており、今回もデジタル技術と旅の融合に取り組んだ。

 企画が実際にスタートしたのは5月末くらいからだったという。しかし、4月に出された緊急事態宣言なども影響し、海士町サイドとの打ち合わせはZoom会議を中心に進めざるを得ず、現地を訪れることなく本番を迎えた。

 海士町のような離島は、興味を抱いても気軽に旅に出ようとするにはハードルが高いと感じる人も多い。土地の魅力をまず知ってもらうのも、同町がリモートトリップを推進している理由の一つだ。現地に行かない旅行も成立するのでは、との仮説でリモートトリップを同町は取り入れたが、旅行商品の企画も海士町を訪れずに進められることが実証されたと言える。

自治体に代わり基盤整備

 現地に行かない旅行をJALが手掛ける意義を、下川さんと同じくイノベーションラボの立ち上げから関わってきたデジタルイノベーション推進部の斎藤勝部長は、「自治体には我々を踏み台として活用して欲しいですね」と説明する。小さな自治体では、最新のデジタル技術を駆使した旅行商品を単独で企画するのは難しく、そうしたプラットフォームを自治体に代わってJALが作り上げ、活用してもらうのが斎藤部長らの狙いだ。

リモートトリップではカヤックからの動画配信も=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

湯気が出るカンカン焼き=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 JALに限らず公共交通機関である航空会社にとって、地域活性化は不可分の領域だ。しかし、事業化しなければ民間企業である以上、課題を永続的に取り組めない。そこで、離島のように訪れるとなると少々尻込みしてしまうような観光地であっても、リモートトリップであれば自宅からお試し感覚で参加でき、その体験をきっかけに実際の旅行につなげてもらう流れが作れれば、ヒトやモノの交流が作れる。

 「将来的には海外でも実施したいですね」と、海外旅行のお試し版や、これまでとは違った旅の提案に発展させていきたいようだ。そして、リモートトリップ単体で採算が合うかは、現時点でそこまで重視していないという。リモートトリップがどれだけ波及効果を生み出せるかが課題になる。

 今回のサザエなどが入った体験用ボックスには、搭乗券や飛行機のシールなども添えられ、Zoomのチャット機能では参加者から喜びの声が寄せられていた。バーチャルながらも形のあるものを手にでき、名産品の香りを楽しみながら食べられるというのは、目的地を自宅に100%再現できないながらも、参加者からはサザエやヒオウギガイの味の感想だけでなく、「磯の香りが楽しめた」など、香りを体感できたことに好意的な意見も寄せられていた。

パイロット発案で離陸映像追加

 そして、デジタルフライトの部分では、デジタルイノベーション推進部に加わっているパイロットのアイデアが生かされた。斎藤部長によると、新型コロナの影響で春から運航便数が減ったこともあり、JAL本体で運航する各機種の副操縦士が1人ずつ加わっているという。若手のパイロットに操縦以外の経験を積ませ、今後の運航に役立てて欲しいというのが、運航本部の狙いだ。

参加者には事前にカンカン焼きの材料やスカイタイムが届けられた。離陸シーンは参加者から好評だった=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

天王洲のJALイノベーションラボからリモートトリップに参加するパイロットの小澤さん(左)=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 羽田-隠岐間のデジタルフライトでは、離陸時に訓練用シミュレーターの映像を使った離陸シーンがZoomを通じて配信され、コックピットからの映像を見られた参加者からは喜びのコメントが多く寄せられていた。

 当初は今回の旅行商品になかったものだが、767乗員部から参加している副操縦士の小澤佑介さんらが発案し、実現にこぎつけた。すでにある映像ではなく、このデジタルフライトのために撮り下ろしたもので、そうした若手パイロットたちの思いは、参加者に伝わっているようだった。

 かつては比較的自由に立ち入れたコックピットも、日本では出発前にドアを開けておくことすら今では難しくなっている。小澤さんは利用者との接点を自分たちの側から増やし、少しでも自分たちの仕事を理解してもらえないかと、パイロット有志による男声コーラスグループ「空飛ぶ合唱団」を立ち上げるといった活動をしており、今回もそうした思いを持つパイロットたちが協力して実現させた。

 小さな取り組みの積み重ねが、航空会社やパイロットの仕事への理解を深めることにつながるのではないか。

完璧さよりもタイムリー重視

 保守的なイメージのJALだが、イノベーションラボの取り組みは対象的で、完璧さよりもタイムリーさを重視していると下川さんは話す。「商品として完璧とは言えないまでも、今やることに意義があるものはまず出していこう、という考え方があります」(下川さん)と、旅行に対する自粛ムードがある中、リアルな旅とは違った商品が成立するのか、参加者はどういった感想を抱くのか、次の課題は何かを走りながら考えることに重点を置く。

 Zoomの活用方法や旅の進行など、第1弾とあって下川さんとしては歯がゆいところもあったようだ。本番と同規模の社員に参加してもらうリハーサルを実施してはいるが、やはり通信環境をはじめ、当日にならないと顕在化しない問題は必ず出てくる。

 JALに限らず、日本企業はとかく商品の完璧さや品質の高さにこだわりすぎて、ビジネスのタイミングを逃しているケースが多いのではと感じる。チャンスを生かすところからスタートし、品質を高めていければ、海外の企業に対抗できるものを生み出せる可能性はある。石橋を叩いて渡るどころか、石橋を叩き壊してから再び建設して渡るとも言える過度に慎重なビジネスモデルで生き残れる時代ではない。

 ある種の不完全さを許容して開かれた今回のリモートトリップ。ポスト・新型コロナウイルス時代に日本の航空会社が世界との戦いで生き残る手がかりになって欲しいものだ。

関連リンク
日本航空
島ファクトリー
隠岐世界ジオパーク空港
島根県隠岐郡海士町

JALのリモートトリップ第1弾
JAL、現地に行かない離島旅行 サザエのカンカン焼き体験、コックピット映像や機内サービスも(20年7月20日)

JALイノベーションラボ
JAL、KDDIの5G利用開始 国内航空会社で初、整備支援など活用(20年3月31日)
JALとKDDI、5Gで遠隔整備やタッチレス搭乗口検証 8K映像活用も(19年3月19日)
JAL、イノベーションラボ公開 社内外と交流、新ビジネスに(18年5月30日)

特集・JALさん、シリコンバレーで何やってるんですか?
前編 表敬訪問で終わらせない
後編 地に足着いたベタなイノベーションを

Let's block ads! (Why?)



"参加する" - Google ニュース
July 25, 2020 at 03:55PM
https://ift.tt/39tvB6M

なぜJALは飛行機に乗らない旅を販売するのか 特集・リモートトリップに挑むJAL - Aviation Wire
"参加する" - Google ニュース
https://ift.tt/2UTnB9B
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update

No comments:

Post a Comment