
いずれは一つに
2010年バンクーバー・パラリンピックアルペンスキーの日本代表選手として出場した。オリンピックとパラリンピックは現在は別々に開催されている。
完全に一緒になるのは現実的には難しい部分もあるが、理想としては、一つのスポーツとして健常者も障がいを持っている方も同じ大会に参加できる方向を目指したい。19年に米国オリンピック・パラリンピック委員会が一つの団体になったように、世界の流れも変わりつつある。
「共生社会」と言うように、社会では健常者も障がいのある方も共に生きている。であればスポーツも別の大会ではなく、オリンピック・パラリンピック、オリパラという一つの大会のなかで障がい者が参加するカテゴリーがあるという姿を目指したい。
東京大会で激変したパラスポーツの環境
東京でパラリンピックが開催される意義は非常に大きい。これまでは日本では五輪が終わるとパラリンピックはあまり取り上げられなかった。海外ではパラリンピックの認知度が日本よりずっと高い。ゴールデンタイムに放送され、私自身もむしろ海外のほうがよく声をかけられた経験がある。
しかし、東京大会が決まってからは、日本でもオリンピックとパラリンピックが同じように報道されるようになり、コマーシャルでもパラリンピックの映像が流れる光景が日常になった。
日本の社会も変わった。新幹線のバリアフリー、車椅子席の増設などをはじめ、東京のアクセシビリティー(利用のしやすさ)が改善され、みなが住みやすい社会に向けて進んだ。この機会に、バリアフリー、ユニバーサルデザインの街づくりを東京から全国に、特に地方へと広げていくべきだ。
パラスポーツは共生社会の入り口
東京大会が決まるまでは、パラスポーツはスポンサーがつきにくい状況が確かにあった。開催決定で改善されたものの、大会終了後もスポンサーを継続してもらえるかが問題になる。…
からの記事と詳細 ( パラリンピックの意味は共生と共存 支援が挑戦を可能にする | | 横沢高徳 - 毎日新聞 )
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