ブルックリンの大規模教会を主宰する黒人のA・R・バーナード牧師は迷っていた。ある大手の医療団体から、ニューヨーク市の有色人種コミュニティーにおけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチン受け入れを推進する委員会に参加するよう依頼が来たのだ。
市内最大の教会であるクリスチャン・カルチュラル・センターの創設者兼CEOであるバーナード師は、この依頼を断ったという。理由は、彼がこの委員会に参加すれば、記録的なペースで開発されたワクチンの「実験台」としてアフリカ系米国人を利用するシステムに「力を貸す」ことになりかねないという意見が信徒の一部に見られたためだ。
ロイターがインタビューを試みた10数名の黒人宗教指導者の大半に共通する点だが、バーナード師も、未知数の部分が残っているように思えるワクチン接種について支持を公言することでコミュニティーからの信頼を損なうリスクを嫌っている。
一般向けにワクチンが提供されるなかで早期に接種を受ける人々について、「試験的に有色人種に接種しているのではないかという懸念がある」とバーナード師は言う。米国の総人口に占める黒人の比率は13.4%だが、ワクチン治験ボランティアに占める比率は約10%だ。
バーナード師は3月に新型コロナウイルスに感染して入院したが、ワクチンの副作用についての情報がもっと出てくるまで「様子を見たい」と言う。
アフリカ系米国人が持つ不信感
ワクチン接種を推奨することへのこうした躊躇(ちゅうちょ)は衝撃的である。アフリカ系米国人にとってのCOVID-19のリスクについて彼らのコミュニティーを啓発するうえで、黒人の牧師たちは重要な役割を演じてきたからだ。米疾病予防管理センター(CDC)によれば、アフリカ系は白人系に比べ、COVID-19による死亡率が2.8倍高くなっている。
公衆衛生当局者は、国内での配布が進むCOVID-19ワクチンに対するアフリカ系米国人のあいだでの強い不信感を緩和するうえで、黒人の宗教指導者やロールモデルとなる人物が寄与することを期待している。医療専門家によれば、これまでに米国内で30万人以上の死者を出したパンデミック(世界的な大流行)を終息させるには、ワクチン接種が必須であるという。
ロイター/イプソスが12月行った調査によれば、ワクチンを接種したいとする比率は、白人系では63%であるのに対し、黒人系では49%に留まっている。この調査によれば、ワクチンの開発スピードやトランプ政権による新型コロナ対応の迷走が不安材料になっている点は、黒人・白人双方に共通している。黒人牧師たちは、彼らのコミュニティーのなかには既存の医療機関に対する根深い不信感を抱くメンバーもいると指摘する。
テネシー州ナッシュビルのメトロポリタン・インターデノミネーショナル教会の代表であるエドウィン・サンダース牧師は、1980年代のHIV/AIDS流行以来、公衆衛生教育に関与してきたが、「いま直面しているのは、医療体制の仕組みに関して数世代にわたって積み重なってきた不信感、疑念、恐怖(略)から生じた副産物だ」と語る。
こうした不信感は、数十年にわたり医療へのアクセスや治療といった面での格差、治験への参加比率の低さ、また知らぬうちに実験対象にされていた経緯に根ざしている。1972年まで続けられた悪名高い「タスキギー実験」はその1例で、梅毒を研究するため、感染した黒人男性に関して本人の了解を得ずに治療が行われなかった。
黒人牧師たちは、こうした歴史が、黒人にはCOVID-19ワクチンが効かないのではないか、他の人々とは別のワクチンが投与されるのではないかという恐れを育んでいる、と話す。
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