[東京 1日] - 米国主導で始まった「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」拡大交渉は、トランプ大統領の誕生によって米国が離脱宣言に踏み切り、崩壊の危機に直面した。いつもなら米国に追随する日本が、意外にも粘り腰を発揮して残りの11カ国での交渉を続け、「包括的かつ先進的な環太平洋パートナーシップ(CPTPP、以下TPP11)」を合意するに至った。
米国が残っていれば米国の意向が色濃く反映される協定になっていただろう。米国がいなければ、そもそも環太平洋地域の自由貿易協定を作り上げることなどできなかったはずだ。米国主導で交渉が進み、最後に米国が身を引き、日本が仕上げのとりまとめを行うという奇跡的な偶然が重なって、日本が存在感を発揮できるTPP11が誕生した。
貿易戦争の当事者である米中両国を除く形で環太平洋地域の自由貿易協定を結ぶことができたのは、日本にとって願ってもない成果と言えよう。同時に、米中対立の狭間でTPP11をどのように発展させていくのか、日本にとって大きなチャレンジでもある。
日本がTPP11の議長国となる2021年は、日本の通商外交手腕が試される年になりそうだ。
<参加を前向きに検討し始めた中国>
中国の習近平国家主席は昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議でTPP11への参加を前向きに検討すると表明した。その後、12月の中央経済工作会議でも同様の演説がなされており、中国の姿勢は明確だ。
「地域的な包括的経済連携(RCEP)」の署名の直後に、米国が離脱したTPP11への参加に前向きな姿勢を示すことによって、米国をけん制したとの受け止め方がもっぱらだ。たしかに、世界に貿易戦争を仕掛けた米国が復帰するなら、当然、中国も参加できるはずだ。つまり、中国の前向き姿勢は、米国のTPP復帰を容認しないとのけん制になる。
しかし、これは日本に対するけん制でもある。中国には、この地域での貿易ルールは中国が作るものであり、米国が作るものではない、との意識がある。ましてや日本が中国抜きでルールを作ることなどあり得ない、というメッセージを日本に投げかけているのではないか。
TPP11の参加国の中で、中国の参加を歓迎する国はあまりいないだろう。米国が離脱したのは致し方なかったとしても、中国が参加することまでは想定していない。TPP11参加国には、ベトナムのように中国との領有権紛争を抱える国もあれば、オーストラリアのように中国との貿易摩擦が深刻になっている国もある。
貿易自由化度が高いTPP11への中国の参加には高いハードルがある。とはいえ、中国が正式に参加を申し込んできた時に、貿易自由化度が低いから参加を拒むという毅然とした態度を貫けるかどうか。中国との関係を悪化させないようにしながらTPP11への参加をどう遠慮させるか、議長国としての日本の外交手腕が問われる。
<米国の復帰、実現しても難題>
米国にTPPに復帰してもらいたいという意見は根強い。特に、中国が参加を前向きに検討するという習近平主席の発言があって以降は、中国の参加より前に米国に復帰してもらうべきだとの意見が強まっている。しかし、この考えはあまり現実的ではない。
まず、米国にその気がない。バイデン次期大統領は副大統領としてTPPの交渉を推進してきたが、大統領就任後に取り組むべき課題は、新型コロナウイルス対策の立て直しであり、トランプ政権下で深刻化した国内分断の修復だ。国際社会への復帰も重要だが、世界保健機関(WHO)や気候変動抑制に関するパリ協定への復帰がより喫緊の課題で、議会の同意を得るのも難しいTPPへの復帰はすぐに取り組むべきテーマにならないだろう。
TPP11のメンバーにとっても、今となっては米国の復帰を歓迎する雰囲気ではない。たしかに、米国が離脱する前は域内のサプライチェーンを生かして生産し、それを米国に輸出するというビジネスモデルが魅力であった。チャイナ+1で成長するベトナムもそれが魅力でTPPに参加したと言える。しかし、今の米国に輸入拡大を受け入れる度量があるとは思えない。
また、米中対立がここまで深刻になった今、米国に復帰されるとTPPが米国陣営の自由貿易協定という位置づけになり、中国との関係が一気に緊張する。米国と中国のバランスをとりながら外交を展開している東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々にとってこれは深刻な問題となる。
<米中との適度な距離感をどう保つか>
米国と強い同盟関係がある日本は、外交において米国と同調することがこれまで当たり前だった。しかし、TPP11の議長国としては、そういう発想では参加国間の不協和音を招いてしまう。
米国の復帰を期待するのではなく、TPP11の一体感を高めることが重要だ。議長国として日本はまず、米国が離脱したことによりTPPの性格は大きく変わったということをしっかり認識しなければならない。
これは米国についても言えることだ。最後の最後で勝手に離脱しておきながら、何もなかったかのように復帰したいなどという振る舞いは、米国だからといって許されるものではない。米国が加わるとしても、それはもはや復帰ではなく新規の参加申請だろう。
さらに、貿易自由化レベルの高さが信条であるTPP11としては、高関税適用を乱発する米国の参加は問題外ではないか。米国が参加できるなら中国も参加できることになる。日本政府も、外交辞令かもしれないが、米国の復帰を期待するなどと安易に言わない方がよい。
離脱を決めたトランプ大統領の4年間にわたる政権運営の下、米中の対立は後戻りできないところまで来ている。TPP11の存在意義として、米中対立に巻き込まれない中立的な自由貿易協定という位置づけが重要になっている。ASEANから参加している国は米国と中国とのバランスをとっている中立的な国であり、カンボジアやラオスといった中国寄りの国は参加していない。
米国、中国どちらが参加しても中立的な立場は保てない。まして両方が参加したらTPPは崩壊の危機に直面する。せっかく日本が手にしたTPP11という自由貿易推進の砦を失うことになっては元も子もない。
米国・中国どちらの陣営に入ることなく、またどちらとも関係を悪化させることなく、適度な距離感を保つためには、米国と中国どちらにもTPP11への参加を遠慮してもらうしかない。
<米中以外の国の参加を促進>
そのためには、自由化度の高さを維持したまま米中以外の参加国を増やしていくことが重要だ。
何らかの形で参加の意向を表明した国・地域としては、タイ、インドネシア、フィリピンといったASEANの中では中国寄りでない中立的な国々、韓国、台湾、コロンビア、そして英国が挙げられている。
国によって参加表明の真剣さにばらつきがあったり、台湾のように中国との関係で参加はかなり難しかったりするところもある。いずれにしても今は新型コロナ対応に翻弄されていて、とてもTPP11への参加を進めるどころではないだろう。
そうした中にあって、英国は欧州連合(EU)からの離脱という孤立の危機に直面しているだけに、TPP11への参加意欲が高そうだ。日本が議長国の間に英国の参加交渉が進む可能性がある。議長国として日本は、参加国との意見調整に努め、英国の参加を推進していくことになりそうだ。
もし英国が参加することになれば、自由化度の高さを維持しながら、環太平洋という枠を超えてTPP11が拡大することになる。環太平洋という地域性を薄めることによって、米国はもとより中国も無理に参加しようという気持ちが薄れてくるのではないか。
(本稿は、筆者の個人的見解に基づいています)
*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。
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