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Wednesday, March 4, 2020

完全鎖国かAI競争に参加か。日本は参加するしか未来はない【尾原和啓・宮田裕章対談前編】 - BUSINESS INSIDER JAPAN

the DIALOGUE

撮影:今村拓馬

急速に進化するデータ社会とAI。私たちはこの止められない大きな変化にどう向き合えばいいのだろうか。

このほど『アルゴリズム フェアネス もっと自由に生きるために、ぼくたちが知るべきこと』を出版したIT批評家の尾原和啓さんと、医療や健康といった観点からビッグデータの活用を訴える慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんに議論してもらった。

前編は今猛威をふるう新型コロナウイルス対策の話から、医療分野でビッグデータをどう活用するかなどに議論は及んだ。


—— 本日は、「AIとアルゴリズム」というテーマでお話を伺いたいと思っているのですが、今最大のニュースである新型コロナウイルスについて、まずお2人にお聞きしてもいいですか? 中国の新型コロナウイルスに関してもAIが活用されているんですか?

宮田裕章氏(以下、宮田):今回の件で、注目すべきなのは、データの公表に基づいた対策の共有、治療薬候補の検証までのスピードの速さですよね。

尾原和啓氏(以下、尾原):そうですね。まさに、“医学のオープンイノベーション”が起こっていると感じています。

宮田裕章

—— SARSが流行した時と比べて、ワクチン開発のスピードが相当速いことにもAIが寄与しているんですか?

宮田:今回、中国はSARSの時に経験した教訓を活かしています。初動の遅さ、情報の公開が十分でないという意見もありますが、それは各国同様の課題を抱えています。有事の際には、良い点、悪い点両方出るのは当たり前だからです。

現段階で論評するのはまだ早いと思いますが、「データ駆動型社会」に変化した中国ならではの、危機の乗り越え方を参考にさらに良いものを考えていくべきでしょう。

尾原:阪神・淡路大震災の当時、神戸の高校に通っていた私は、現地でのボランティアの原体験があります。どこで何が足りないかという情報をインターネットで知ったことで、物資の供給につながり、有事の際のネットの力を強く感じたわけです。

今回は、AIでウイルスの遺伝子構造を分析し、既存の薬をリサーチした結果、エイズウイルス(HIV)治療薬が効くかもしれないと分かったんですよね。

有事の時だからこそ、自分でできる範囲のことをやって、次にバトンをつなぐことが大事。かつてバトンを誰に渡せばいいのか分からなかったのが、ネット時代になったことでリレーがスムーズになったことが大きな変化だと思います。

防護服で患者のケアに当たる武漢の医師たち

当初、武漢市当局を中心とした新型コロナウイルスに関する情報の“隠蔽”行為が指摘されている。だが、その後は専門家などから多数の論文が発表されているという。

China Daily/REUTERS

宮田:感染症対策の新しいアプローチとしては、公的機関がインフルエンザの発生率を調査してレポートをアップするよりも、グーグル検索の情報の方が速いのでは、ということでサーベイランスシステムが提案されました。患者やその家族くらいしか、「インフルエンザ」というワードで検索しないからです。

結局、このプロジェクトは情報の質の観点などさまざまな課題があり、成功とは言えませんでしたが、さまざまアプローチからオープンに社会課題を解決するという点では興味深い事例です。

グーグルは「AI for Social Good」をテーマに掲げ、社会課題の解決のために情報をオープンにしようとしています。今回、中国はグーグルを排除して国内企業でやっています。情報統制という面ではいいかもしれませんが、オープンイノベーションという面ではネガティブですね。

とはいえ、もはやかつての中国ではないですし、日本で同じ問題が起きた時とは違う情報を持っていることは間違いありません。

尾原和啓

尾原:今後、パンデミック(世界的大流行)のことを考えたら、全員にIDを付けてトラッキングするべきという動きになるかもしれないですよね。

宮田:中国は監視カメラの多さから見ても、これを機にさらなる監視社会へと移行する可能性はあるでしょう。一方で、感染者一人ひとりの人権をどう守るのか。今後、中国なりの価値基準がどう変化していくのか注視していきたいですね。

尾原:アルゴリズムとは、「優先順位を付けること」なんです。時代の変化とともに、ダイナミックに状況が変化していくなかで、「今の自分にとって何が一番大事なのか」という“価値の優先順位”を決めることです。

例えばグーグルでは現在「ウイルス」と検索すると最新のニュースが上位表示されます。今後、鎮静化すると、ウィキペディアが上位になるでしょう。震災の際に被災地から検索した時は、相談窓口が上位表示されました。アルゴリズムによって、その時、その場所にいる人にとって必要な情報が上位表示される仕組みになっているのです。

パソコンと携帯を見ながらノートをとる医師

アルゴリズムをすべて外国サービスや製品に頼ると、今後日本の製品は残らなくなる可能性も。

NIKCOA/Shutterstock

宮田:AIに関して、私たちは2人ともポジティブ派だから、「時代の変化に応じて、AIの良い点に着目して活用していこう」という尾原さんの考えには大賛成です。一方、ネガティブ面から見ても、そうした方がいいという点があります。

例えば日本では、さまざまな規制によって遠隔医療が普及していません。今後、もし日本で個人の医療データ収集を躊躇した場合、遠隔医療に必要なアルゴリズムは外国でつくられたものを日本に持ち込むことになる。

日本のデータはアルゴリズムをカスタマイズするためのチューナーとしてだけ使われる。つまりデータを集めないという選択をした場合、将来的に外国製のAI製品が市場に多く出回るようになり、日本の製品は残らなくなるでしょう。

これからの時代において、私たちがフェアネスを手に入れるためには、自分たちでアルゴリズムをつくらなければならない。そうしなければ、このパラダイムシフトは乗り越えられないと思います。

宮田裕章

——例えば、医療でAIやビッグデータを活用すると、どういう変化があるのでしょうか。

宮田:例えば、スマホで撮影した写真で皮膚科診断ができるアプリがあります。データと連動させることで専門医と同等の正確なAI診断が可能です。イギリスのスタートアップが開発した「バビロンヘルス」というAI診断アプリは、チャットで症状を相談するだけで初期診断ができるため、不要な受診をかなり減らすことができたという試験的な報告があります。

例えば、高熱が出てインフルエンザを疑って病院に行くと、他の人に感染させるかもしれないし、さらに悪化するかもしれないという矛盾がありますよね。そんな時に、のどを撮影するだけで診断できるアプリを使えば、そうした矛盾を解消できます。

将来的には、診断キットもコンビニで手軽に買えたり、ドローンで配送されたりするような世界になるかもしれません。

——そうなると医療費も削減できますよね。

尾原:ただ、医療費削減という論点だけで語ってはいけないと思うんですよ。AIやアルゴリズムをプラットフォーム化することは、確かに医療費をカットできる。ということは、AIによって専門医の煩雑な仕事の5割から7割を減らせるということです。

例えば、AIが初期診断を行い、重要な部分のみを専門医が診ると、AI診断システムは「限界費用ゼロ」ですから診療費が安く抑えられます。そうなると、安価で受診できる病院に患者が集まり、データも多く集まります。データが蓄積されればAIの精度が高まり、自動化できる部分もさらに増えていきます。

限界費用とは:モノやサービスを1つ追加で生み出す際に必要なコスト。

将来的にAI診断システムが主流になれば、それはAIの奴隷になることなのか、それともコラボレーションなのかという議論にもなってきますよね。

尾原和啓

宮田:AI診断を推進しようとすると、必ず既得権益と対立します。とはいえ、AIの発達に抗うことはできません。既にイギリスでは、自治体が前出の「バビロンヘルス」と契約しており、数万人のユーザーがいます。「バビロンヘルス」はアフリカのルワンダでも導入されていて200万人のユーザーがいます。こうした新しいAIサービスを取り入れていかなければ、グローバル社会においては“負け”を意味します。

——先ほどの尾原さんの指摘で言えば、AIが普及すると、エキスパートしか生き残れない社会になるということでしょうか。

宮田:“今と同じ”仕事を続けるという意味ではその通りかもしれません。ただ人々の役割はAIと連携しながらさまざまに変化していくと思います。

教育でも既に詰め込み型の一方的な授業は、国に数人エキスパートがいて競争すれば十分だ、という意見があります。今回のコロナ対策の一環で、中国が遠隔教育の世界に移行したとしても不思議ではありません。

今後は知識の習得においては、パッケージ化された授業を、AIで判断した習得のレベル別に個別に学習プランを設計していくという変化も予想されます。そうなると教師の役割がなくなるかというとそれは違います。子どもたちとコミュニケーションをとりながら、一人一人の生き方をサポートする、という新たな仕事が大事になります。

こうしたDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる時代に、業界のジレンマで変化を躊躇している場合ではないと思います。

授業を聞く学生たち

今回の新型コロナウイルス対策の一環で、オンライン教育ビジネスが普及するかもしれない(写真はイメージです)。

KPG_Payless/Shutterstock

尾原:ただ医療界では現在、「5G」を活用した遠隔手術の実証実験が各所で行われています。将来的に、外国の医師が日本の患者を遠隔で手術できるようになると、人件費の安いルワンダの医師を使おうという流れになるかもしれません。そうなると、日本の医師の生き残りも難しくなるのではないでしょうか。

——医療界では、こうした動きにどう対応していこうとしているのですか。

宮田:外科の手術ロボットは高額なため、まだ先進国しか導入できません。日本には高いスキルを持つ医師が多いので、このアドバンテージがあるうちに、5G遠隔手術で技術を確立して優位性を持とうという動きもあります。

一方で、変化に躊躇する分野も少なからずあります。既存の取り組みとバッティングするので、さまざまな集団からの反対があるからです。

こうした状況を考える時に、クラウド化への対応の事例が参考になります。AWS(アマゾンウェブサービス)やマイクロソフトの中には、「オンプレミス(非クラウド)が主流だった時代に、日本がクラウド化にいち早く舵を切っていれば世界を取れた」と言う人もいるんです。

とはいえ、当時の日本が利益の出るビジネスモデルを簡単に捨てられたかというと、できなかったわけです。日本発のイノベーションを日本人だけで日本で行うことができる事例は今後は限られてくると思います。

従って医療においても新しいイノベーションを実現する上では、時にルワンダやインドといった海外を舞台に、時にグローバルプレイヤーと連携して実現していくことが重要だと思います。

宮田裕章

尾原:いま世界では「AI=知」に関する植民地競争が起こっていると感じています。

例えば、ルワンダは国の発展のために、システムを外国企業に任せようという立場をとっています。アリババのジャック・マー元会長が、国際貿易を促進するECサイト「eWTP(世界電子商取引プラットフォーム)」の構想を提唱した際に、アフリカで積極的に手を挙げたのがルワンダなんです。

一見、グーグル対EU、トランプ対フェイスブックのようなネガティブな構図が目立って見えますが、改めて世界を見回すと、国の発展のためなら劇薬かもしれないけど飲もうというポジティブな考え方もあるということです。

アリババの創業者、ジャック・マー会長

ルワンダはジャック・マー氏が提唱する構想に積極的に参加を表明している。

Charles Platiau/REUTERS

宮田:ポジティブ派、ネガティブ派、どちらの立場であっても、このAI競争に参加しなければ未来はない。ならば、ポジティブに捉えた方がいいというのが私の考えですし、尾原さんもそうですよね。

大事なのは、一部のビッグプラットフォーマーだけでなく、いろんなプレイヤーがデータを自由に活用できるようにするということです。

これが昨年(2019)のG20でもいくつかの会合で推進を採択した「インターオペラビリティ」です。“さまざまな立場が公正に、データにアクセスして活用する”、これこそが、“フェアネスの確立”において重要だと思います。

尾原:まさに。私が今『アルゴリズム フェアネス』という本をなぜポジティブに書いたかというと、このAI競争に参加しなければ世界に乗り遅れるということを伝えたかったからです。

アメリカではグーグルやフェイスブックが生まれ、AIアルゴリズムのすごさを分かっています。また、中国では2015年にインターネットプラスという規制緩和政策が打ち出され、急速な発展を遂げています。

要は、「AIを使い切ってから考えましょう」ということです。究極、完全鎖国するか、“AI競争”というゲームに参加するかの2択しかないと思います。

尾原和啓

宮田:中国くらいの規模であれば自前でつくり、鎖国が可能かもしれませんが、いまの日本は残念ながら、そうした状況ではありません。その中国でも外国から来るアルゴリズムと闘わなければなりません。そのことを中国は理解していて、直近のスタンフォード大学のレポートのAIに関する論文の数は、アメリカより中国の方が多いです。

日本はさまざまな国の人々とコ・クリエーション(共創)しながら、アルゴリズムを構築していくことが大事なのではないかと思います。

尾原:コ・クリエーションの一例を挙げると、グーグルは一見、独自でAI開発に注力しているように見えますが、実はいまリサーチにも力を入れているんですよ。リサーチ専門のスタッフを置いて、外部とのコラボレーションに積極的に取り組んでいます。

なぜかというと、今回のコロナウイルスの件を見ても分かるように、オープンイノベーションの速度が速くなってきているからです。(以下、明日公開の後編に続く)

(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子、浜田敬子、撮影・今村拓馬)


尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)など。

宮田裕章:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。東京大学院医系研究科健康・看護専攻修士課程了、同分野保健学博士(論文)。東大大学院准教授などを経て、2015年5月より現職。厚生労働省のデータヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会のメンバーも務める。

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